カテゴリ:東日本大震災( 5 )

2011.5〜2016.5までの丸5年間
運営して おりました種苗販売サイト
【Poka Poka Plants】からの転載です。
画像のみ未転載。後日
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忘れないということ。。





福島でおきたことが忘れられてゆく

という言葉も見聞きするけれど

わたしは一度もそんなことを思ったことないよ。





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どんなに応援してもらってきたことか。

どんなに励ましや勇気をもらってきたことか。

どんなに寄り添ってもらったことか。

どんなに手を差し伸べてもらってきたことか。



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ありがとうを伝え忘れていないだろうか。

感謝の想いを後回しにしてはいないだろうか。

まっすぐに 誠実に 歩くことができてるだろうか。



「For many dogs」の主催者で

友人mayu造のブログより抜粋



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メディアに触れる機会が少ない

お年寄りなんかは余計に「忘れられていく」ことを

不安に感じているのかもしれない。。



震災から3年が過ぎて

正直、自分を奮い立たせるように

ショップをオープンしました。

ずっと一緒に歩いてくださっている皆様からの

種や苗を前にドンと背中を押されるように(笑)



新商品の掲載すら間に合わなかった

ショップオープン直後からご注文を

くださった皆さま、本当にありがとうございます。



そこには、この3年間、何度も何度も

目にした馴染みのお名前がいくつもあって・・・

涙が止まらなくなりました。。。



「忘れてなんていないよー」って

言われているような気がして。。



3年間、たくさん泣いたけど

人って、すごく強くて、ものすごく暖かいっていう

出会いをたくさんもらいました。



震災報道が増える1,17や3.11は

もちろん思い出す日。

でも日頃の生活の中で自然に忘れない心を

持ち続けていけたら・・・

そう思った3年目でした。

2014.3.12  kirara

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by kirara0626 | 2016-05-10 08:45 | 東日本大震災

2011.5〜2016.5までの丸5年間
運営して おりました種苗販売サイト
【Poka Poka Plants】からの転載です。
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〜4年目に思うこと〜



朝から震災報道一色だった3.11を植物の

お世話に追われながら黙々と過ごしました。

4年の歳月が流れたんだと

改めて思いながら。。



あの日、亡くなったたくさんの方達の

ご冥福を心からお祈りします。



この1年、ふとした瞬間に

「ここは以前と何も変わってないなぁ」

と思うことが幾度となくありました。



震災が話題に上ることもなくなって

小刻みに揺れていた大地はここでは

静けさを取り戻したようです。

驚くほど震災報道は減ってしまい

収束を見ていない原発の現状すら

知ることができません。



あの立っていられないような揺れと

コンビナート火災の爆音、繰り返される

余震に怯えた時間がどんどん

過去のものになっていきます。

でも忘れてなんていません。



まだ20万人を超える人が仮設住宅に

暮らしていて広大な更地が広がり

津波の爪痕も色濃く残る被災地。

そして原発の廃炉は数十年も先だという福島。

見つからない2500人を超える行方不明者

想像することしかできないけれど

まだ苦しみも悲しみも続いている。



報道されるインフラ整備の目覚ましい再生に

被災地から遠く離れた土地に暮らしていると

すごく復興が進んでいるような錯覚に陥りますが

そんな時、必ず浮かぶ言葉があります。



震災17年目の神戸で耳にした

「神戸の街はキレイになったでしょう。

でもまだマイナスのまま生きている人が

たくさんいる。」という言葉。



どんなに見た目、元通りになろうとも

心の復興にはその何倍も何十倍もの


時間が必要なんだということを

思い知らされた言葉でした。



4年前「継続は力なり」と

ただただ細くても継続することを目標に

オープンしたお店も4年目に入りました。

限りなく猫好きなワタシがご縁をいただいて

被災したワンコの支援を続けてこられたのは

一重に植物が大好きな多くの皆様のおかげです。

本当に感謝の思いでいっぱいです(*^^*)



改めて今、何ができるんだろうと考えたときに

やはり出来ることを出来る範囲で継続させる。。

この思いにつきます。



ペット保護センターには高齢や障害によって

なかなか里親様の見つからない子が今も

暮らしています。頭を撫でてやることも

ともに散歩に行くこともできませんが

せめて美味しい食事を。。。今年もフードを

お届けして参ります。



そして当ショップ開店以来、3年以上もの間

植物の種子をご提供くださっていた

香川県のT様。



いつも心は被災地とともにあると

「自分の育てた植物の種が日本中の

皆様のもとでお花を咲かせていると

思うと嬉しくてたまらない。」と

話していらっしゃいました。

ご自身は長い闘病の渦中にありながら

たぶん毎日のようにお花の種を

集めてくださっていたことでしょう。



とても悲しくて残念でたまりませんが

昨年11月に他界されました。

植物が大好きで種からの育苗が上手な

グリーンフィンガーの持ち主でした。

いつか小さな花屋さんになりたいと。。



彼女も震災で亡くなられた方達も

もっと生きたくて、やりたいことも

たくさんあったんだと思うと

悔しくてたまりません。



今、生きている私たちは

そうした人達の分もやっぱり一生懸命

前を向いて生きなきゃいけない。

いつか彼女と再会したときの

お土産話しになるように彼女に負けない

グリーンフィンガーを目指します。



ayaさん、ありがとう。




2015.3月 kirara


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by kirara0626 | 2016-05-10 08:42 | 東日本大震災

2011.5〜2016.5までの丸5年間
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【Poka Poka Plants】からの転載です。
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〜3年目に思うこと〜



あの日から3年が経ちました。

まず3年間、この活動にご賛同、ご協力をくださった

多くの皆様に心から御礼申し上げます。



被災された方も日本の多くの方々も、それぞれの

3年間を過ごされてきたことでしょう。



3年という1つの節目を迎えて、支援の

打ち切りや施設の閉鎖も多いなか

「For many dogs」が応援を続けている

「いわき市ペット保護センター」は

改めて2015年3月までの継続が決定しました。



幾度となく、その存続が危ぶまれていますが

多くの方の尽力もあったことでしょう。

ひとまず、また1年

いわき市の英断に拍手です。



もちろん今後、時間の経過とともに、その存続も

難しくなることは間違いありません。

保護されているワンコやニャンコの最後の1匹まで

「あなたが最後の卒業生よ。」と

送り出せる日がいつか訪れますように。



〒973-8403
福島県いわき市内郷綴町船場1-1
ポリテクセンター内

いわき市ペット保護センター 



「For many dogs」主催者mayu造のブログ

および当ショップ開店から3年

ずっと一緒に歩んでくださっている

medoさんのブログにてペット保護センターの

今までとこれからをご覧いただくことができます。

「For many dogs」

medoさんブログ



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日本中のガーデナーさんへ。。



昨年、こんなことがありました。

福島県内にお住まいの方とご縁があり、少しずつ

一般家庭の除染が進んでいるという

お話を聞くことができました。



原発事故から2年以上が経過していたころのこと。

やっと今なんだと正直驚きでした。



そして除染にあたり、お庭にある樹木や草花は

すべて撤去しなければならないそうです。

その掻きとった表土が

いわゆる放射性廃棄物になります。



皆さんは、この土がどこで

保管されるかご存じでしょうか?



正式な廃棄物処分場は、まだありません。

それぞれの家庭の地下で仮保管されるそうです。



除染が終わってもお庭の土中に

廃棄物となった土を保管し

「お庭には何も植えないでください。」と

草木1本植えることができなくなります。



ガーデニングを楽しんでおられた

その方は「もう幼い子供もいないし、長年

大切に作り上げたお庭がなくなって

ガーデニングを楽しめなくなるのなら

いっそ除染をしなくてもいいとすら考えてしまう。



でも周辺の住民の中には草木なんか

さっさと撤去して早く除染してくれと

いう方もいる。自分の家だけの問題ではないから

そうもいかないでしょう。」と

話しておられました。



更地になったお庭を眺めての生活は

とても切ないんじゃないかと思います。

その方は、せめて植木鉢で室内で植物を

楽しみたいと当ショップをご訪問くださいました。



種をまき、苗を育て、花を楽しむ。。

普段、ワタシも含めて、皆さんが普通に

していることができなくなってしまった

ガーデナーさんがいるというのも

報道なんかじゃ知り得ない原発事故の現実です。



「今年で3年・・・3年」と震災関連の報道番組が

メディアでは、ひっきりなしに流れています。

震災からは3年が経ちましたが、廃炉まで40年とも

囁かれる原発事故の収束には3年なんて

瞬きするくらいの時間なのかもしれません。



植物を楽しめる毎日に感謝しながら

また1年、できることを、できる範囲で

頑張ってみようと思います。





                                                           2014.3.11  kirara




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by kirara0626 | 2016-05-10 08:39 | 東日本大震災

2011.5〜2016.5までの丸5年間
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【Poka Poka Plants】からの転載です。
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~2年目に思うこと~



あの日から2年を迎えようとしていた

今年2月やっと、本当にやっと

福島を訪れる機会を得ました。



3.11を目前に驚くほど震災報道が

増えて、きっと「もう2年も経ったのね」と

思った方も多いことでしょう。



もう2年・・・実際に歩いたその場所は

「まだ2年」まるで瞬きするくらいの時しか

経っていないような、あの日の爪跡が

色濃く残っていました。



いわき薄磯海岸の防波堤

「ガレキに花を咲かせましょうプロジェクト」の

皆さんが描いたお花がキレイに咲いています。

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津波にのまれた住宅の基礎にもガレ花

後ろに見える小高い山の麓まで

ずっと住宅地が広がっていたなんて

基礎が残っていなかったら想像もつきません。

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生活に影響のない物は壊れたまま手付かず。

倒れた看板やフェンスが、そこかしこにあります。

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あの日、津波で陸に上がった船は

今も港に山積み。

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海沿いでは、あちこちで山のように積まれた

真新しいテトラポットを見ました。



"For many dogs"が震災以降

ずっと応援している"いわき市

ペット保護センター"へも立ち寄りました。

今もたくさんの犬や猫が暮らしています。

全国の皆さんからの援助で

その命を繋ぎながら・・・

新しい家族や、一緒に

暮らすことのできない

被災家族を待っています。

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〒973-8403
福島県いわき市内郷綴町舟場1-1

「いわき市ペット保護センター」

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ごめんなさい!ニャンコ派のワタシは

モフモフに気を取られすぎて

ワンコの画像を撮りそびれました(;´Д`)

 



そして震災後、半身不随で保護された

タロウにも会ってきました。

当時、床ずれで傷んだ体を引きずって

曇った表情をしていたタロウは

もうどこにもいません。

たくさんの方の支援で車イスを

買ってもらい今では自由自在。

当ショップで植物を買ってくださった

皆様のお力もわずかながらタロウの

車イスに役立ったはず。

こんなに元気に走れるようになった!

よかったねタロウ~





同じく"For many dogs"が震災以降

応援し続けている"りみちゃんヒルズ"さんへ。

ここは震災直後、人の暮らしもままならない

ライフラインが寸断された厳しい状況の中で

いち早く被災ペットの保護シェルターとして

多くの犬猫を守った場所。



ここに辿りつきながらも命を落とした

犬や猫たちのお墓もあります。

オーナーさんは虹の橋へ旅立った

1頭1頭の犬種や毛色を、その最後を

今も覚えていらっしゃいました。



「今度、岐阜から薄墨桜の苗木が届くのよ。

そうしたら、この辺りに植えようと思うの。

皆さんに見てもらいたくて」と。

まだまだ厳しい暮らしなのに

決して後ろ向きじゃなかった。

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〒979-3111
福島県いわき市小川町柴原字桐ケ岡75-1

「ドッグパークりみちゃんヒルズ」

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宮城も岩手も福島も他の地域も

一括りに被災地、被災者と呼ばれているけれど

この、わずかな2年で前を向けている人

前を向こうと頑張っている人

今も立ち止まったままの人

「助かってよかったね」って

言葉に素直にうなずける人

「一緒に逝きたかった」と呟く人



真新しい住居が出来上がった人も

今なお仮設住宅の人も

置かれている立場や状況は様々で

震災後に持ち上がった問題もたくさんあって

そこには人間の感情が幾重にも交錯していて

なんか・・・まだまだだ。

お国や自治体に頑張ってもらわなきゃ

いけないことも山積みだった。



個人レベルでできることは小さいかもしれない

でも、できることはある。

どうか当ショップでお求めいただいた種や植物が

花を咲かせたとき

実ったときには、地震や津波や原発で

辛い思いをした、している

たくさんの人や動物たちのことを

少しだけ思い出してください。





いわき21世紀の森公園

自衛隊の皆さんが植樹した桜の苗木

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桜は小さいうちからお花を咲かせます。

今年も、この小さな枝いっぱいに

お花が咲くでしょう。

いつか見上げるほど大きくなった桜の木の下を

また散歩しようね。スカイ



なんか思ったことも感じたことも

ちっともまとまりがつかなくって

その全部をお伝えすることは

とても無理です。。でも今年も

カメの歩みのように続けていこうと・・・

そこだけはブレずに。





2013.3.11  kirara

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by kirara0626 | 2016-05-10 08:37 | 東日本大震災

2011.5〜2016.5までの丸5年間
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【Poka Poka Plants】からの転載です。
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~1年目に思うこと~

あの日、福島のmayu造の無事を

祈りながら何度もダイヤルをした電話が

やっと彼女と繋がったのは

震災翌々日の朝のこと。



「大丈夫だよ。無事だよ。」の声に

胸をなで下ろした私に

「ごめん。でもね、これから避難するの。

原発がね・・放射能が・・・」

その時の私には彼女の言っている

言葉の意味がまったく判らなかった。

メディアが繰り返し伝える地震

津波の映像にかき消されてしまった

原発事故の現実が少しずつ伝わるまでは。



mayu造は「離れてしまうと大切な故郷の

今が何も見えなくなるし・・・

大切な人達の消息もつかめないから」と

わずかな避難で福島に戻った。



ずっと骨髄バンクの活動や盲導犬の

パピーウォーカーや他人を思いやることを

生活のなかに自然に取り入れて

生きてきた彼女を尊敬もしていたし

私もそんな風に生きられたらと願っていた。



その彼女が、どうしてこんな目に合うのか

悔しくて、悔しくて泣けて仕方がなかった。



福島沿岸部の復興は

原発事故によって阻まれてしまった。

ガレキの撤去も行方不明者の捜索も。

原発事故さえなければ・・・



時間のうえでの1年が過ぎる。

昨年末「原発事故収束宣言」が出された。

いったい・・・何が収束したというのだろう。

不思議すぎる。見えない恐怖は続いているし

まだ揺れてもいて・・・そのせいで

進まないことがたくさんある。



今も津波で流されたときのまま

放射能のせいで片付けることもままならない

そのままの光景が広がる傍で

暮らし続けることは切ないと思う。



我が家が、そこにあるのに

立ち入ることすらできないことは

もどかしくて悔しいと思う。



大切な人やものをなくした喪失感は

去年より今年の方が辛さを増すと思う。

回想できる去年がもうないから・・・



明日への不安を抱えながら眠りにつく夜も

目覚めたときに現実に引き戻される朝も

とてつもなく辛いんじゃないかと思う。



言葉を持たないペット達が受けた

心の傷も計り知れない。

飼い主の流される場面に直面した

犬は表情をなくして、

ただ1点を見つめているという。



本当の意味での支援は、これからの方が

必要なんじゃないかと感じる。



それなのに・・・メディアの報道も減ってしまい

私の周囲で震災が話題に上ることは

ほとんどなくなってしまった。



人は見たり聞いたりしただけの

体験していない記憶は、その7割を

忘れていくんだとか。



昨夏、ネットでご縁があった

「愛がいっぱいの贈物」

枝川さんを神戸にお訪ねした。



枝川さんの「神戸の街は復興したように

見えるでしょう。キレイになったしね。

でも、今もマイナスのまま生きている人も

たくさんいるし、まだまだ復興してないよ。」

という言葉に愕然とした。



私にとって阪神淡路の震災は

毎年1月の「今年で震災から丸・・年」

という報道で思い出す”点”の記憶になって

しまっていたけれど被災地では16年続いてきた

”線”の記憶だった。そんなあたりまえのことに

改めて気付いて、正直ショックだった。

この震災は今年1月で17年目を迎えた。



数日前、このサイトを見て

「母さん、まだやってたんだ!」と息子。

まだ・・・いつまで・・・

今、先を見ようとしても何も見えない。



それでもこの1年、人の強さと

暖かさが身にしみた。

今日と同じ明日が来ることが

どれほどありがたいかを知った。





mayu造をはじめ被災地の人達の

健康を心から願いたい。

いろいろなことに感謝しながら

自分の中で風化させない努力と

たとえ小さくとも継続していく

努力をしていこうと思う。



2012.3.10 kirara

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by kirara0626 | 2016-05-10 08:36 | 東日本大震災